Tag Archives: 家庭学習(日本語)

日本史を学ばせる一つの方法

映画『信長協奏曲』鑑賞終わりました。テレビドラマ版が面白かったので、映画の方も結構楽しんで見ることができました。耳に入ってくる日本語がイマドキのそれと違うという敷居の高さは懸念したんですが、結局、特に大きな問題もなくついて来られたようです。いつの間にそんなに日本語が聞き取れるようになったのやら。背景よりも、その特殊な日本語の説明に時間を割かれると思ったんですが、嬉しい誤算となりました。

 

信長協奏曲』自体はテレビドラマ版も映画版も明らかに史実と違う部分がたくさんあります。人がタイムスリップするとかといった話の根幹部分はこの際目を瞑るとして、細かなところでいろいろと注釈を加えました。「史実はこうである」という身も蓋もない話なんですがw、真面目な話、歴史に書かれたウソには気をつけるように言い含めておきました。

 

最大の収穫としては、とりあえず日本史の中で幕末と並んでエキサイティングな時代である戦国時代の主要人物織田信長・豊臣秀吉・徳川家康・明智光秀の名前を覚え、一つの時代の中で彼らがどんな役割を演じたのかは頭に入ったはず。それ以外には、帰蝶(濃姫)、竹中半兵衛(よく天才軍師として登場しますが、実際のところはよくわからない人です)、池田恒興(ドラマでは準主人公でしたが、私は知らなかった)、浅井長政、松永久秀など、歴史好き以外にはあまり知られていない人物も頭に入ったところでしょう。

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おっさんの淡い夢

突然ですが、デジカメを新調しました。カメラ買うのは5年ぶりぐらいでしょうか。こう見えても私は結構なカメオタで、育児にまだ余裕があった頃は常にカメラを持ち歩いてスナップを中心に撮影を楽しんでいました。

写真撮影に興じるようになると何気ない日常が全く違って見えるようになります。どんな些細なもの、気にもとめずに流れ去る瞬間の中にもいろんな発見ができるようになります。それが結構楽かったわけですが、残念ながら、子供が増えるとそんな余裕もなくなりました。

 

娘がまだ三歳の頃、古いデジカメを持たせて自由に写真を撮らせたことがあります。不思議な写真をいろいろ撮ってくれました。面白いですね。子供の目線。

今、上の二人はティーンエイジャーになりました。二人とも小学生の間は絵を習わせましたが、絵をやっている人も同じ感覚を持っているようです。何気ないものから何かを発見する心。そんなものを身につけてくれると嬉しいかなあと。そして、自分とは違う環境で育つ彼らがどんな世界をファインダから覗き、切り取ってくるのか見せてくれたらありがたいことです。

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100冊の絵本

最近、夕食後のビールを飲む時間を廃止し、絵本の読み聞かせに使うことにしています。ベルギービールを極めるつもりでコースまで履修したんですが、アルコールは発ガンのリスクありという記事を読んでちょっとビビってしまいました。読み聞かせはちょうど下の小さい子供が寝る前の時間帯に当たるので、寝かしつけにもいいかなと思っています。

 

育児経験者なら多かれ少なかれ実感されているかと思いますが、子供も二人目、三人目ともなれば親の方も色々と横着になってゆきますw。一番上の子の写真は結構あるのに、子供の数と反比例するように一人頭の写真枚数が減るのが現実。自分の場合、写真の数もそうですが、子供に読み聞かせをした時間にもそれが端的に表れています。

 

育児は手抜きぐらいがちょうどいい!

 

自分の中の育児信条です。割とマジでw。
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日蘭バイリンガルへの助走

継承日本語に限らず、子育て中の方々が集まるところで必ずと言って寄せられる悩みの一つに「言葉がなかなか出ない」というものがあります。継承日本語の場合も、出ない・定着しないと言った問題はよく耳にします。海外暮らしで日本語というのは、よくよく工夫をしないことにはなかなか実を結ばないものです。あっちに傾き、こっちにフラフラ。そんな日本語継承の記憶を振り返りながら進めている次男の「日本語を話そうプロジェクト」について考えてみました。

 

「日本語→オランダ語(日本語理解可能)→日蘭バイリンガル」パターン

一番上の子は、私がどっぷり世話をしていたこともあって当初の第一言語は日本語でした。その後、幼稚園へ通うようになってからオランダ語が強くなり、4歳で初めて日本に行く前には理解はしているものの、ほぼ日本語は出なくなってしまいました。

 

「オランダ語(日本語理解可能)→日蘭バイリンガル」パターン

二番目は生後半年ぐらいは私が面倒を見ていましたが、それ以後保育園へ入れてしまい、幼児期の第一言語はオランダ語になりました。それでも聞き取りはある程度はできていたようで、補習校入学を目標に幼稚園時代から発話の訓練を開始。補習校のクラスではちょっと遅れている印象をずっと持っていましたが、ヤッターマンのおかげか、ドラえもんの神通力か、はたまた妖怪ウォッチのマジックか、それともウルトラマンのスペシウム光線に当てられすぎてラリったのか、とにかく今では「詰まることもなく、普通に日本語話せる」ぐらいになっています。

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学習言語能力を考える

6年以上も前の先代ブログでのエントリーですが、日常会話能力と学習言語能力について触れたことがあります。算数の文章題を例に、日本語の学習言語能力の有無について書きました。日本語で算数の計算問題はできるが文章題ができないといった場合、日本語で文章を読んで理解し、そこから式と答えを導くという、ある種の具体的・抽象的両世界を行き来する能力の不備を疑ってみる必要があるのではないかというような内容です。日本人学校補習校の宿題を通して、実際に我が家で経験したことを元に考えたことです。

 

ここではとりあえず、日常言語能力あるいは伝達言語能力BICS, Basic Interpersonal Communicative Skillsを「日常生活において必要な言語能力(文脈と結びついた、簡単な情報のやり取りができる力)」、学習言語能力あるいは認知学習言語能力CALP, Cognitive/Academic Language Proficiencyを「教科の学習場面で必要な言語能力(文脈との結びつきを前提としない、抽象的なことを考えるような力)」としておきます。

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継承を決定づけるもう一つの、あるいは最大の要因?

既にこのブログでも何度となく触れた気がしますが、継承語への働きかけを支える要因としては大きく1)家庭的要因、2)社会的要因、3)日本語学習が持つ要因が主なものとして指摘されています(参考エントリー)。これは経験的にも理解できるところであろうと思いますが、継承語教育の主要な現場が家庭ということを考えた場合、それに関わるアクターの性格的な要因が意外と無視できない影響力を持つのではないかと最近感じるようになりました。

 

例えば、子供に何かを教えるのが好きで、比較的マメな性格の人であれば、教えたい内容を子供が受け入れてくれさえすれば学習は結構な効果を上げるのではないかと思います。

逆に、「そんなの面倒くせえ」や「私には無理」と考えたり、あるいは子供が学びたがらない場合、自分や子供に対する何らかの「強制力」を発動しない限り、成果を手にするのは困難なのではないかと思います。

補習校に子供を通わせていた時、毎週出される宿題というのがまさにこの「強制力」として機能していたことを改めて感じてしまいます。とにかく親の方が随分と必死のパッチでしたからw。

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日本語塾第二幕がスタート

論文執筆が忙しかった9月は日本語塾の方は休講とさせていただきました。本当のところは運営自体が結構な負担になっていたことで、特に大盛況というわけでもない田舎塾をひっそり終了しようかなと考えていたところです。ただ、「どんな形ででも継続をすることが将来につながる」という保護者の要望(それは私自身の継承語教育における信条でもあります)もあり、結局、「あまり負担にならない形で」ということで継続決定となりました。9月を充電期間とし、リスタートを10月からと定めて始まった日本語塾第二幕の様子です。

 

このリスタートを機会に、授業のやり方自体を大幅に見直すことにしました。これまでのやり方は負担の割には効果があったとは思えなかったところです。ということで、再起動に当たってのキーワードをズバリ

 

 繋ぐ・繋がる

 

ということにしてみました。

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