日本語教師流勝手文学論

日本語を外国人に教えるなどという職について以来、それまでやらなかったことをするようになりました。

漢字を勉強するとか、筆順を再確認するとかは当たり前ですが、日本語のちょっとした言い回しの妙、文法上の不思議な点、それから家族の話す日本語の違和感にも体が敏感に反応するようになりました(いちいち指摘するような嫌味なことはしませんが)。

文化面にもこの行動は現れています。

いい歳をして漫画なんかも読みますし(話題の漫画だけですが)、以前は興味もなかった邦画も見ます。というか、今では映画は邦画しか見ません。もちろん、アニメ映画も見ます。見るたびにそのクオリティの高さに驚きます。テレビアニメは数が多すぎるのでほとんど見ませんが、生徒が話題にすれば一応数話はチェックします。

 

もう一つ、大きく変化したのが読書習慣です。

もともと、大学時代は割と本を読む方だったと思います。読んでいたのは主に外国文学の翻訳でした。ロシア、フランス、アメリカ文学の代表作には目を通すようにしていました。しかし、社会人時代は本を読む時間が取れなかったのと、すぐに海外に出されたので日本語の本とはほぼ無縁になりました。

 

しかし、時は流れ、ハルキ・ムラカミのために大きな本屋で専用スペースが設けられ、川上弘美や小川洋子の翻訳が出回り始めると、「僕はあまり日本の本を読みませんし、知りません」とは生徒の前で言えなくなりました。何より、生徒が持つ興味や関心を共有することは、その生徒のモチベーションにも影響を与えかねないので、やはり日本の何事に関しても「知りません」で済ませるわけにはいかないのです。

というわけで、時間の許す限り、日本の本を読むようにしています。

村上春樹はもちろん、芥川賞・直木賞受賞作から人気のラノベ、話題のミステリーまでジャンルは広範です。ファンタジー、SF、ホラーを除く・・・といった方が早いかもしれません。

こうした数々の作品を読んでいて、気持ちが揺さぶられる瞬間があります。それは「言語による芸術的な表現」に出会った時です。

 

我々は映像や音声、あるいは色彩を駆使した芸術表現が存在することには信じていますが、言語によってもそれが可能であることを認めている人はどれだけいるでしょう。私は普段教室で

A. 太郎は悲しかった。

と教えています。しかし、この表現にある「悲しい」からは「悲しさ」を感じません。そもそも、その「悲しい」という言葉の中身も人によって温度差があるはずです。

言葉というものは相互に関連を持っています。「悲しい」の主語に来るのは人か擬人化された何かであり、「机は悲しかった」や「スパゲッティは悲しかった」とは普通は言いません。私は文学的表現とは、こいうした関係性を突き破ったところに生まれるものだと信じています。例えば、我流でちょっと恥ずかしいんですが、上の一文を書き直してみました。

B. 見上げた太郎の視線の先で、濁った空が虚ろな光を燻らしていた。

AもBも「太郎が悲しかった」ことを意味している文ですが、Bは「悲しい」という単語を使っていません。読点より前は語順を崩して不安定さを演出し、後半部分で「濁った空」や「虚ろな光」という負の形容で「空」「光」といった単語をマイナス側に落とし、最後は「燻らす」という、本来「光」と一緒には使われない単語で関係性を打ち壊して、「光が燻らされる」、すなわち「涙で星が滲んでいる=悲しくて泣いている」ことを言おうとしました。

文学的表現とは、例えば「悲しい」という気持ちを「悲しい」という言葉を使わずに言い表す、そういったものだと思います。

 

もちろん、教室でこんな話をすることはないですが、日本文学が好きで教室にくる人もたまにいます。特に村上春樹は少なからぬ人が読んでいます。実際、授業中に議論になったこともありました。

私が、「『風の歌を聴け』を読んだ時、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を思い出した。ムラカミ自身『アメリカ文学の影響を受けている』と告白したように、初期の作品はアメリカ文学っぽい」と意見を述べたところ、「いいや、ムラカミはオリジナルだ!」と反発をくらいました。一年生の授業で英語でのやり取りでしたが、ファンってコワイです。

幸いにも、これまで言葉の芸術によって感動を与えてくれる作品にいくつか出会えました。ただ、その全部が外国語に翻訳されたわけではありません。翻訳されたところで、そういった「言葉の芸術」の部分が他の言語に置き換え可能なのかは分かりません。しかし、いいと思った作品で翻訳があるものは、生徒から質問を受けた時にいつでも勧められるよう常に胸の内に用意しておきたいと思っています。それが邦画でも、アニメ映画でも、漫画でも。

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