継承を決定づけるもう一つの、あるいは最大の要因?

既にこのブログでも何度となく触れた気がしますが、継承語への働きかけを支える要因としては大きく1)家庭的要因、2)社会的要因、3)日本語学習が持つ要因が主なものとして指摘されています(参考エントリー)。これは経験的にも理解できるところであろうと思いますが、継承語教育の主要な現場が家庭ということを考えた場合、それに関わるアクターの性格的な要因が意外と無視できない影響力を持つのではないかと最近感じるようになりました。

 

例えば、子供に何かを教えるのが好きで、比較的マメな性格の人であれば、教えたい内容を子供が受け入れてくれさえすれば学習は結構な効果を上げるのではないかと思います。

逆に、「そんなの面倒くせえ」や「私には無理」と考えたり、あるいは子供が学びたがらない場合、自分や子供に対する何らかの「強制力」を発動しない限り、成果を手にするのは困難なのではないかと思います。

補習校に子供を通わせていた時、毎週出される宿題というのがまさにこの「強制力」として機能していたことを改めて感じてしまいます。とにかく親の方が随分と必死のパッチでしたからw。

 

今、次男が補習校という枠外で日本語継承に取り組んでいますが、この動力部分とも呼べるものが欠落しているので、「疲れているから今日はパス」とか「やれ!やんない!」で消耗・霧散・終了なんてなことがよくあります。一週間で四日学習できれば御の字ですね。たった15分ぐらいのことなのに。しくしく。

変な表現になりますが、補習校での学習は車による通勤で、自宅学習はバイク・ツーリングのようなものではないかと思ったりしています。雨が降ろうと嵐が来ようと決められた場所へ行こうとするのが前者。天気などの周りの状況次第で中止も含めた予定変更ありなのが後者。成果度外視で、楽しく、気楽にとできればツーリングは救いにはなるんでしょうが・・・。

 

そもそも次男の補習校通いを断念したのは彼のメンタルの弱さが要因でもあります。毎週土曜日の通学は元より、毎日宿題をさせることも大変そうなのが想像できたので。そんなエネルギーが自分に残っているとは思えませんでしたw。

 

こんな次男の家庭学習ですが、基本的には割と前向きに日本語に取り組んでいるように思います。今はまだ半周遅れのようなところはありますが、小学一年生の教科書を使った音読練習を中心として、よううやっとひらがなからカタカナへの移行に差しかかっているところです。漢字ワールドの扉が見えてきましたね。恐ろしい。

他に、現地校で習得した知識も学習を支えてくれるので、算数は日本語での表現を練習すればいいだけなのは楽です。こちらは国語の音読レベルを見ながら、近いうちに文章題へと移ろうかといったところ。

まだまだ文章の読み方はたどたどしく、数字も覚えたような、覚えていないようなところもありますが、家庭でゼロからスタートした時の絶望感からすれば、地獄の一丁目から地上に生還した感じではあります。

問題といえば、あまり日本語を話さないといったところでしょうか。性格的に意固地なところはない方ですが、まだどこかに日本語を話すことへの恥ずかしさがあるように見受けられます。根気よく復唱学習を続け、もっと慣れさせないといけません。こちらの言う日本語が問題なく理解できるようになったことだけが救いですね。

 

 

恥ずかしながら、自分自身は何に対してもまず「面倒くせえ」なやつですが、何とか無理なく続けさせることで、ゆっくりとではあるものの、次男の中で何かが形になり始めていることだけは見て取れます。

 

子供の性格・親の性格などを知り、それに配慮し、基本戦略を立て、継続して実行するならば、家庭での日本語継承は絶対に不可能というものではないことだけは言えそうな気がしてきました。

 

事情により、補習校・継承語学校に通わない、通えないご家庭の希望の一例となれれば幸いです。

 

 

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