『三丁目の夕日』を観賞する。

夏休みの終盤は妻が出張で不在であったため、期せずして邦画観賞週間と相成りました。

普段から割と映画を見たがる我が子たちです。ジャンルは以前なら主にアニメ、去年あたりからは中学生と小学校高学年はアメリカのコメディやSFなども見たがるようになりました。小学生五年生の文字を読むスビードが上がり、字幕を追えるようになったこととも関係があるんでしょうかね。

我が家では「日本語に限りYouTubeフリー」という条件で、日本のアニメ・動画を自由に視聴させています。「けしからん育児だ!」とか「放置ブレイじゃん」などといった大ブーイングが聞こえてきそうですが、これが結構日本語の上達を後押しした感じを抱いています。ただ、不思議なことに、いわゆる耳から言葉を仕込むことはできても、それが会話の中で活用されているかについては個人差が現れているようで、日本語学習に新たな謎を生み出してしまったのが困りもの。

「言語の習得にはインプットが大切」との研究報告はありますが、インプットによってアウトプットの向上が「自動的に」「すべての学習者」によって達成されるわけでもないのかななどと感じています。

 

以上のような状況下、洋画嫌いの私の音頭取りで、夕食後の手持ち無沙汰な時間を邦画で濁したわけですが、見た映画は「Always 三丁目の夕日」「Always 続・三丁目の夕日」と来て、妻の帰国後に「Always 三丁目の夕日 ’64」というラインナップになりました。中学生と小学生高学年の二人の邦画への関心は、恐らく日本の映画館で見た「宇宙一バカなサムライの映画『銀魂』」による影響かと思います。きっとそうに違いない!ありがとう、銀時さん。

 

さて、三丁目の夕日シリーズですが、個人的にも外国人に見て欲しい邦画リストに入れ、実際、機会があれば身近なベルギー人にオススメする作品の一つです(オススメ作品リストはこちら)。映画としての出来と並んで、そのノスタルジックな映像が日本社会の変容を今に再現してくれる貴重なものであると感じるからです。

今回は、こうした映画鑑賞といった通常枠を外れ、また、日本語学習という語学的な視点を飛び越えた貴重な役割を本作は果たしてくれたように思います。それは日本に関する親子会話の刺激です。当然、内容的にも、使う語彙に関しても、この時の会話は日常会話を超えたものになります。子供は疑問や不明な点を目にした場合、感じたままに問いかけてきます。こちらも積極的に自分の子供時代のリアリティを伝えようとします。もちろん、映画で描かれている1958年当時、私はまだこの世に存在しておらず、私の中のかつての日本との比較も伝える内容に含まれてきます。

 

氷屋(まだ存在はしていました)・冷蔵庫(普通にありました)・テレビ(既に家庭に行き渡っていました。ただし、最初は白黒。ブラウン管に映像が出るまでにもっと時間がかかったはずです)・駄菓子屋(10円を握りしめ、毎日のように通っていました。くじではよくスカを引いて残念な思いをしました)・戦争(「戦争中は・・・」といった親の生体験を普通に耳にする時代でした)・服装(夏はランニングシャツが定番)・豆腐屋(鍋を持って買いに行った記憶はないですが、豆腐屋のラッパはまだ聞けました)・銭湯(自宅に風呂がないのが普通でした)・・・。

路地を抜けての近道、未舗装の道路の雨後のぬかるみ、土管のある近所の空き地など、全てが会話のネタになります。

 

誰でも人の子の親となった時、自らの子供時代を自分の子供たちに語ることがあるかと思います。自分も親や近所の大人たちから「昔の話」をよく聞かされました。そんな時、私の頭の中では見たこともない過去の映像が現在の風景に重ねられ、逆回しになった時間の中を自由な視界が飛び回ったものです。

幸いにも、ベルギーで親となり、立場を変えた今、子供とこうしたノスタルジックな映画を見ることを通して、自分の中にあるかつての日本を伝えることができています。子供の不思議そうな視線を感じる時、日本と日本語を介して繋がっていることを感じます。

継承語教育を支えるものは、案外こういった普通に誰もが経験してきたことを、逆に今度は自分が主体となって行えるという事実なのではないかと考える今日この頃です。

 

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