生まれを不幸にすべからず!

先代のブログでも書いたことです。もう五年以上も前の記事ですが。

 

その先代ブログ記事の大本のブログ記事は以前確かにどこかで読んだんですが・・・。ずっと気になっていた上、もう一度確認したいこともあって、今回結構必死のパッチになって探してみました。んが!とうとう見つからず。活字だったのかなぁ?ブログだったように記憶しているんですけど・・・。

 

そのブログ主はフランス(パリで?)で中学生レベルの日系国際児に日本語を教えている女性でした。五年前の先代ブログの記事でもしっかり「どこで見たか分からない」と書いているマヌケな自分がいました。

すごく衝撃的な内容だったんですが、ある意味継承語教育の根幹に関わることでもあるので、要点だけをまとめておきます。

  1. 日系国際児のうち、日本語が話せる子供は日本に対して好印象を持っている。
  2. 日本語が話せる日系国際児は日本人親との関係が良好。
  3. 日本語が話せない日系国際児は日本に対して否定的。
  4. 日本語が話せない日系国際児は日本人親との関係が良くない。

コインの表と裏のような感じですが、1000-1500字程度の記事にまとめられていました。4番はちとキツイですね。

この記事のことがちらちらと頭にあったので、日本語学習の過程で娘からどんなに罵声を浴びようとも習得させようとの信念を持ち続けることができました。実際、先代記事を書いた当初、補習校一年生を始めたばかりで、宿題等でかなり熱く煮詰まっていた時期でもありました。(号泣)

 

自分が継承語教育の現場で掲げる一つのビジョンに「子供のアイデンティティを支える」というものがあります。(※塾のサイトで少し触れています。近日公開予定ですのでお楽しみに。)

具体的には、彼らのアイデンティティの一側面たる「日本」というものを精神的な負担にさせないということです。

恐らく、日系国際児の子供達は将来、日本人を親に持つということで日本について何か尋ねられたり、日本語が話せるか聞かれる場面があるはずです。実際に、娘も長男も現地校の友達からポケモン・カードにある日本語を読んでくれとよく聞かれていましたそうです。ってか、ベルギーなのになんで日本語のカードが混じってんねん!(ウチですか、原因は?)

二人とも結構そういう場面を面倒くさがっていました。しかし、その場で正解は誰も判断できなくても、答えられること自体に悪い気はしなかったはずです。少なくとも、そうした接触を忌避するような態度・精神状態には向かいませんでした。日本について聞かれることも悪い気はしなかったはずです。今は「もっと聞いて〜!」状態かもしれませんw。

もし、こうした場面で全然答えられなかったり、いつも「日本語、話せない」と答えるしかなかった場合、気付かぬうちに状況忌避願望が芽生えるのではないでしょうか。「もう聞かないで!」と耳を塞ぐ状態です。にもかからわず、やはり周りから同じような質問がぶつけられるはずです。

 

成長・発達過程に影響を与える要因はいろいろあるかと思います。個人の性格も大いに関係していることでしょう。しかし、日本について聞かれたくない。なのに日本は事実として存在し、親が日本人であるということも抹消できず、困ったことに、すしやアニメ、漫画などますます日本が身近になりつつある。

こんな風に追い詰めらていくと、日本が嫌いになるということもありうることではないかなと思います。あるいは、「どうしてお父さん(お母さん)は日本語をちゃんと教えてくれなかったの!」という非難の感情も生まれるかもしれません。

(※十代後半ぐらいからゼロから日本語を学ぼうとする場合、継承語ではなく、外国語としての日本語を学ばねばならなくなるように思います)

別に日本を嫌ってもらってもいいんですが、生まれの不幸を呪うなどということになれば、子供にとってこんな悲しいことはないでしょう。親としても非常に悲しいことです。

 

せめて、自らの生まれを不幸として呪うことのないよう(呪いの対象は誰あろう、日本人の親です)、最低限の日本語ケアをしていく。(例えば、日本地図を前にして、「東京はどこ?」と聞かれてすぐに指差しができるなどもそうしたものの一部です)

この点、あまり研究テーマにもなっていないですし、継承語教育の現場でも触れられているのを見かけることはないですが、子供の成長という側面で考えてみた場合、非常に重要な点だと思います。

ある意味、継承語教育の中心課題であるとも思えるんですが、いかがでしょう。

 

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2 comments

  • 初めまして!こんにちは。
    アメリカ在住のりょうこともうします。海外での日本語教育、難しいですよね〜。私は、3人の子供のうち、いちばん上だけは日本語補習校に合格させることができたのですが、あとの2人は不合格でした。長女も結局は3年生の段階で限界になり(あまりにも日本語の学校の大変さに現地校まで不登校一歩手前にいってしまったんです)、今では3人とも私にも英語です。私は日本語で話しかけている、周りから見ると不思議な状況です(笑)
    あ、前置きが長くなりましたが、うちの日系国際児、日本語ほとんど話せないのですが、親との関係良好なんです〜。日本にルーツがあることも誇りに思っていると思われます。だから、日本語話せなくても、日本大好きです。日本語補習校(私の住んでるポートランドでは日本人学校といいます。排他的な名前のような気がします。密かにそう個人的に感じてます)に通わせていたころは、娘を日本人にしようしようとやっきになっていたので、現地のスポーツやイベントには全く所属せず。でも今は普通の地域のスポーツチームにも参加し、日本人以外の友達もたくさんできて良かったなと思います。
    嬉しい事に、中学校からは外国語としての日本語を学校でとれることになり、日本語のクラス、楽しそうに通ってます。と、こういう例もあるということをお伝えしたくってコメントしてみました。

    • はじめまして、りょうこ様

      貴重なコメントありがとうございます。いろいろなケースがあるのだなと勉強になりました。

      日本語をどうするか。これについては親の判断にかかっていますが、子供にとってはどうしても「させられる」ような感じになってしまいますので、「する」にしても子供にとって過度の負担とならないように気をつけなければいけませんね。
      現地校を不登校一歩手前までとは、さぞかしお子様も辛かった事だろうと思います。残念な事に、このような経験で日本が嫌いになったというケースも聞いた事があります。りょうこ様のご家庭では普段からしっかりと信頼関係が築かれていたのではないでしょうか。羨ましい限りです。

      ちなみに、我が家の場合、上の二人は今のところ日本語が話せますが、もし今の能力がなかったら親子関係はどうだっただろうかと思うとちょっと不安なところもあります。それほどまでに、彼らの中の「日本」は大きくなってしまったという気がします。

      日本語を学ばせるにせよ、学ばせないにせよ、子供の成長・発達を阻害することのないよう十分配慮しなくてはいけないなと日々感じます。

      中学校からの日本語学習がお子様にとって楽しいものとなりますように。

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