言語って耳を使うものでは?

今日、久しぶりに職場の集まりがありました。あまり事務的なことは好きじゃないのと、ヨーロッパ言語しか知らない大多数の同僚の問題意識にいまいち馴染めないので、いつものごとく、己の存在感を限りなく無にして縮こまっていました。

言語を支える四つの能力「話す・聞く・読む・書く」のうち、日本語の場合、とりわけ「読む・書く」に立ち入れるようになるのはかなり後になってからなんですが、当たり前のように第一回目の授業からその四つを扱える環境しか知らない人たちにすれば、日本語学習の現場なんて想像もできないのです。彼らが掲げる耳障りのいい到達目標とか評価方法とか、とてもとても・・・。

 

昼食のピザの大盤振る舞いまで退屈な半日になるはずだったんですが、今年は面白い余興もありました。俗に言うスマートボードとやらの講習です。人によっては電子黒板とか呼ぶ人もいる教育用ハイテク機器です。平たく言えば、プロジェクターの一種と考えてもらえればいいかと思います。

実際に、二年前に教員課程を取っていた時に授業で使われていたのを見たことがあるんですが、その時はただただ「ひょえー」と思って見ていました。その使われ方が「普通のホワイトボードで十分では?」というレベルだったのが残念でしたが。

 

機械だけすごいのを取り揃えたところで、それを見越した教材を充実させないと意味がない。また、単なるマルチメディア教材であるというだけならば、わざわざ一つにまとめなくても、今まで通り教科書は書籍で、プリント片手にテープでも聞かせるという形が最も柔軟性に富む。さらに言うなら、使いこなせるようになるために何日トレーニングせなあかんねん!・・・といった感じでして。

 

世の中、単純な方がいいこともまだまだたくさんあるんです。

 

説明を担当した同僚が、結局使い方をしっかり理解できていなかったのでスマートボードのスクリーンを呼び出すのに四苦八苦、文字を書こうとすれば反応が劇遅、電子書籍のページめくりが上手くいかない・・・。

えらく非効率な印象だけを残すデモンストレーションとなってしまいました。

 

ベルギーの学校はこういったマルチメディア環境を積極的に教室に持ち込もうと頑張っています。プロジェクターなんて中学以上になると各クラスにぶら下がっている感じがします。

その余波でしょう。ウチのような語学がメインの学校でもどんどん機械が侵入してきています。でも、今現在、電子黒板を使いこなせるのは一人、二人ではないかと思います。ベルギーの教育制度上、機械に強そうな若い世代が教育現場に参入しにくいという問題もあるのかと思いますが。

電子黒板はまさにマルチメディアのための申し子のような機械です。個人的には好きなモノです。が、そもそも語学にマルチメディアって必要なのでしょうか?

会話練習をさせる場合、映像を見せると視覚情報が入ってくるので本質的に耳を鍛えることにならない気がします。視覚情報があった方が学習効果があるという考え方もあるのかもしれませんが。(あるんですか?)見た目の楽しさというのはあるでしょうけど。

日本語に限って言えば、挨拶や文字の学習といった場合に役に立つかもしれません。でも、それ以外となれば・・・。手間がかかるだけで、従来を大幅に上回る学習効果というものは期待できそうに思えません。

 

補助が出るから設置するというのは人として理解できますが、社会や理科といったコンテンツのある教科を教えるならともかく(自宅学習用に持ち込みたいぐらいです)、コンテンツをやりとりする手段としての語学を教えるのに、扱いが容易でない電子黒板をわざわざ使うというのはどんなものなんでしょう。来週からの現場の混乱ぶりが思い浮かんでしまいます。

 

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