八月十五日の意味づけ

先日の日曜日は八月十五日でした。去年までなら聖母マリアの日として、また、かつてのベルギー版母の日として軽く流して終わりだったはず。宗教的には重要な日なんでしょうが、我が家にとってはちょっとね。

でも、日本人にとって八月十五日はもちろん「終戦」を意味する夏の重い一日のはずです。海外に暮らしていても、八月前半のこの時期だけはちょっと厳粛な気分になったりします。

 

改めて、先の大戦で犠牲になられた全ての方のご冥福をお祈りするとともに、今日ある我々の繁栄の礎となられた方々に感謝を捧げたいと思います。

 

ベルギーのニュースでもここ数日、広島、長崎、終戦という三連発形式で日本の様子が紹介されていました。もちろん、大部分のベルギー人にとって特に記憶に残るようなニュースではないはずで、他に重大ニュースが入って来ればカットされていただろうと思います。

ちなみに、なぜだかわかりませんが、私が見た公営オランダ語放送では、安倍談話の中の「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」というくだりがさらっと触れられていました。どうしてその部分に触れたのかちょっとナゾです。

 

我が家の子供はただ単純に日本語が聞こえてきたので注目していました。静かな雰囲気でたくさんの花が添えられた祭壇が映し出されると、私が多くを語らずとも、この時期の日本のちょっと特殊な雰囲気は感じ取ってもらえたのではないかと思います。

 

戦争について話すのはもうちょっと先ですが、少しずつ、心構えをさせてみたいと思います。そして、いつかは不戦の誓いを描いた邦画の良作を鑑賞させたいです。

 

 

応援していただけると毎日更新できるかもです。→ブログランキング・にほんブログ村へ 

スポンサードリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA