忘れていた京都の記憶

520-daimonjiネットでいろいろ日本のニュースを漁っていた時、長男が「これ何?」と首を突っ込んできました。八月十六日のことです。

彼が興味を持ったのは京都の五山送り火の写真でした。山の土手っ腹に火で「大」の字ですから、「なんだ?」という気持ちになるのもうなずけます。

思い起こせば、かつて京都に住んでいた時は実際、8月16日にどこかの雑居ビルの屋上から生見物したこともあります。

 

そんなことを思い出しながら、「これはチャンス!」とばかりに即席社会科授業の開始です。あたふた、いそいそ。(汗)

 

とりあえず、この大の字は「送り火」と呼ばれるもので、写真のあった「大文字」以外にも、「妙法」「船形」「左大文字」「鳥居形」が京都の町を見下ろすように灯されることを話しました。これらはお盆の最後の行事であり、地上に帰ってきていたご先祖様の魂を送るための目印であること、そしてこれが終わると厳しかった京都の夏も終わりであると説明しておきました。(五山送り火の観光ガイドとしてはこちらをご参照ください)

YouTubeには点火場所の様子を撮影した動画などがありましたので、その灼熱の現場も二人で鑑賞しました。残った炭にも何か信仰上の意味があることを初めて知りました。あれ、欲しなぁ。

 

allまた、お盆に関して、以前『とびだせ どうぶつの森』の中でしずえさんからこんなもの(→)をもらったことがあります。長男はこの事実は覚えていましたが、「一体なんのために?」という感じでした。

これは、ご先祖様があの世とこの世を往復するための乗り物で(精霊馬と呼ばれるそうですね)、キュウリの馬であり、ナスの牛であることも確認。

どうしてキュウリの馬とナスの牛なのかについてもいろいろ言われはあるそうですが、まあそれは詳しすぎるので割愛しておきました。

実のところ、実家のあった大阪ではこうした古い伝統はほぼ忘れ去られていたようで、子どもの頃この精霊馬を作ったことも見たこともありませんでした。私も『とびだせ どうぶつの森』で知ったクチです。ニンテンドー、侮り難し!

 

京都に住んでいた時に、入り込んだ細い道の所々にお盆に合わせて仮設テントが張られ、ご近所さんが集まっているのを何度か見かけたことがあります。家々の軒先には火も灯してありました。もちろん、五山送り火はその大元締めのような存在感があり、観光の目玉でもありますが、自分はどちらかというと京都の市井に今もひっそりと受け継がれているこんなこじんまりとした伝統が好きです。

遠い異国にあってもなお、子供にこんな小さな日本の伝統を語れる機会がこれからもあることを願ってやみません。

 

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