常識と教養を分けてみる

今日も補習校でした。

長男の補習校通いも残すところあと二回というわけなんですが、このところ、毎回学校に近づくにつれてブルーになっていきます。傍目で見てても感じます。先週からは「今日は調子悪い」と自己申告までつく始末。

別に病気だとかいうわけではないです。地元の駅で電車に乗る時は普通にバカな会話をしていました。いつも通りのおバカ父子の姿です。

しかるに、ブリュッセルにつき、地下鉄に乗り、日本人学校最寄駅のエスカレーターを上る直前ぐらいにボソッと「調子悪く」なるんだそうです。

原因はアレだな。

 漢字テスト・・・。

 

本当に漢字はきついですね。頑張って毎回覚えているんですが、書くのに加え、読みですら今週は「毛筆」やら「筆」やら「句読点」やら「七夕」やら・・・。とにかくあまり馴染みのない言葉が並んでいました。面倒ですね。

結局、毎回私が半分ぐらいに絞ってヤマをはり、重点項目だけ完全理解させるしかないんですが、ここで問題が!

こちらが重要視する漢字の読みと担任の先生が重要視しているものとの間に、どうもズレがあるようです。

先日のテストでも、「これは出ないやろ」と思っていた「船着場」なんていう漢字の読み方が問われていました。

ええっ!(涙)

何を隠そう、この「ふなつきば」を見た時に「補習校、やめよう」のトリガーが引かれたわけなんですけど・・・。

 

「船」を「ふね」と読み、船長や船員といった言葉があることぐらいは知っておくべきでしょう(ワンピースで出てきそうですし)。「着」には「る」と「く」という読み方があり、前者で着物、後者で到着といった言葉が作れるということも知っておかねばなりません。また、「場」なら、市場・広場・場所・工場といった言葉も知っておくべきです。でも、この三つが合わさった「ふなつきば」はなぁ・・・。昔話には出てきそうですが・・・。

これに相当する英語ってなんなんでしょう。”port”とか”harbor”でしっくりくるんでしょうか。港というとまたイメージが違うし。

 

担任の先生と自分の間に感じるズレというのはつまり、「この言葉は必要・不必要」の基準の違いです。これは「正しい・正しくない」というものではありません。「誰に対してか」という設定で広がったり縮んだりするもだからです。

当然、「国語」を勉強する上で、こうしたちょっとイレギュラーな漢字の読み方は知っておくべきです(実はこの点が外国人に日本語を教える場合の難しさでもあるわけですが)。しかし、個人的には、外国人や将来日本に根をおろすことのないダブルの子供たちにあまり耳慣れない特別なことを教えるのは避けたいと思っています。同じイレギュラーな発音でも、日常的によく使われる下着や台所や雨水という言葉ならいざ知らず。

 

ちょっと辞書で調べてみました。常識とは「当然持っているはずの知識」というのが核にあります。また、同じような範疇の言葉である教養の核は「文化的な知識」のようです。

そう、両者の差は「文化」に絡んでくるか否かといったことにあります。

絵本や昔話の中で「ふなつきば」は出てくるかもしれませんが、日本で暮らした30年ほどの人生で、大阪でも東京でも京都でも、個人的に「ふなつきばはどこですか?」などというフレーズは使ったことがありません。そんな時は「船はどこから出ますか」とか、「どこから船に乗りますか」でしょうか。

つまり、それ、知らなくても困らないわけです。

 

普段、何事にも飄々と構えている長男が結構漢字テストに悩んでいる様子。ちゃんと書けないのが悔しいから、補習校についてからも始業までの時間を漢字練習に当てる。それでも完璧には覚えられず、かつテストが終わればやっぱり忘れ去られる漢字たち。

 

国語教育を通して日本人としての「教養」を身につけさせるのは諦めました。今後はなんとか日本人を父に持つ子供としての「常識」を身につけさせることに邁進します。

 

スポンサードリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA