Monthly Archives: 3月 2016

新幹線ゲームのルール整備

日本語塾は相も変わらずのマイペースぶりで進んでいます。週に一回の授業ですが、目的を持って、将来出会うであろう場面を予測しながらの運営は多分に経営的観点を要求されることもあって、苦痛に感じることはありません。これは幸いなことです。

んが、学習到達度に対してシビアな目で見ると、「これでええんかいな?」との印象に苛まれることはあります。確認テストなどはしたくないですし、また、当塾で授業を受けていない児童(専門用語で言うところのコントロール・グループに相当するかもしれません)との比較ができないので、それがいいことか悪いことかは別として、比較による判断も不可能です。いつか外の世界の平均像を探れる機会も設けてみたいんではありますが。

 

さて、塾で教えようとしていることのベースにあるものを、当ブログでは当初から「常識」と捉えていますが、それにもう少し中身を補うとすれば「日本で暮らしていれば、特に能動的な働きかけをしないでも耳に入ってくることがら」ぐらいの言葉になるかと思います。

例えば、日本でテレビをつけていれば天気予報を見るつもりではなくても折に触れてそれに見入っていることはあるでしょう。こういうことを繰り返すうちに北海道・本州・四国・九州といった言葉とその位置、日本各地の気候の特徴などが刷り込まれていくものだと思います。こうした、ある意味「自然な」プロセスを週二時間の授業の中に再現し、「常識」を培ってもらえればというのが趣旨です。

そのために、例えば、地理を「教え」はしていますが、基本はどちらかといえば「応用」で、日本地図を使って作業をする、ゲームをするというところをメインにしていたいと常々思っています。

 

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第二言語習得論の検証現場みたいな

以前から第二言語習得論の知見について、たびたびこのブログで触れてきました。語学習得の肝は次の諸点にあると訴えてきた次第です。すなわち、

  1. 記憶力
  2. 聞き取れる耳
  3. 文法的知識

この三つが外国語習得に必要な要素であり、年齢や言語的バックグラウンドにより、これらの要素が機能する力点が異なると。つまりは、1と2を駆使して言語を習得するのが子供、1と2の機能に制限がある成人の場合、外国語の習得には3が大きな役割を果たす(すなわち、私は文法不要論には反対の立場です)。

 

娘は言語が割と得意で、オランダ語での作文とかを割と早い時期から普通にこなしていました。また、現在フランス語でまあそれなりの成績をサクッともらってくるところがあります。一方、長男はどちらかというと言語系は苦手。オランダ語でも日本語でもそのことは感じさせられます。

 

こんな二人の日本語の今ですが・・・。

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