Category Archives: ベルギーで子育て

過ぎたるは何とやら

子供に日本語を継承させようとする際によくぶち当たる疑問に

 

これ、必要かな?でも、まあ、いらんかな、この子らには。

 

というのがあります。前もって「ここまでは!」というゴールを設定しているわけではないので、漢字をどれだけ覚えるかとか、国語の教科書がすらすら音読できるようになるとかといった到達目標としてのガイドラインはありません。しかし同時に、「日本に関心を持ってもらいたい」との漠然とした思いはあります。これは一種の方向づけであり、日本語継承に関わっている大抵の日本人の親御さんとこうした感情は共有しているのではないかと思います。これが、

 

継承日本語教育は到達目標ではなく、方向目標を掲げるべきである。

 

と私自身が考える所以であります。

 

以上のような理由から、日本社会や文化、日本語そのものに関心を持ってもらおうと日夜努力しているわけですが、日本に連れて行って楽しい思い出を作るのも、日本のドラマや映画を楽しむのも、それもこれも全てこの方向づけのためということになります。

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おっさんの淡い夢

突然ですが、デジカメを新調しました。カメラ買うのは5年ぶりぐらいでしょうか。こう見えても私は結構なカメオタで、育児にまだ余裕があった頃は常にカメラを持ち歩いてスナップを中心に撮影を楽しんでいました。

写真撮影に興じるようになると何気ない日常が全く違って見えるようになります。どんな些細なもの、気にもとめずに流れ去る瞬間の中にもいろんな発見ができるようになります。それが結構楽かったわけですが、残念ながら、子供が増えるとそんな余裕もなくなりました。

 

娘がまだ三歳の頃、古いデジカメを持たせて自由に写真を撮らせたことがあります。不思議な写真をいろいろ撮ってくれました。面白いですね。子供の目線。

今、上の二人はティーンエイジャーになりました。二人とも小学生の間は絵を習わせましたが、絵をやっている人も同じ感覚を持っているようです。何気ないものから何かを発見する心。そんなものを身につけてくれると嬉しいかなあと。そして、自分とは違う環境で育つ彼らがどんな世界をファインダから覗き、切り取ってくるのか見せてくれたらありがたいことです。

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100冊の絵本

最近、夕食後のビールを飲む時間を廃止し、絵本の読み聞かせに使うことにしています。ベルギービールを極めるつもりでコースまで履修したんですが、アルコールは発ガンのリスクありという記事を読んでちょっとビビってしまいました。読み聞かせはちょうど下の小さい子供が寝る前の時間帯に当たるので、寝かしつけにもいいかなと思っています。

 

育児経験者なら多かれ少なかれ実感されているかと思いますが、子供も二人目、三人目ともなれば親の方も色々と横着になってゆきますw。一番上の子の写真は結構あるのに、子供の数と反比例するように一人頭の写真枚数が減るのが現実。自分の場合、写真の数もそうですが、子供に読み聞かせをした時間にもそれが端的に表れています。

 

育児は手抜きぐらいがちょうどいい!

 

自分の中の育児信条です。割とマジでw。
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日蘭バイリンガルへの助走

継承日本語に限らず、子育て中の方々が集まるところで必ずと言って寄せられる悩みの一つに「言葉がなかなか出ない」というものがあります。継承日本語の場合も、出ない・定着しないと言った問題はよく耳にします。海外暮らしで日本語というのは、よくよく工夫をしないことにはなかなか実を結ばないものです。あっちに傾き、こっちにフラフラ。そんな日本語継承の記憶を振り返りながら進めている次男の「日本語を話そうプロジェクト」について考えてみました。

 

「日本語→オランダ語(日本語理解可能)→日蘭バイリンガル」パターン

一番上の子は、私がどっぷり世話をしていたこともあって当初の第一言語は日本語でした。その後、幼稚園へ通うようになってからオランダ語が強くなり、4歳で初めて日本に行く前には理解はしているものの、ほぼ日本語は出なくなってしまいました。

 

「オランダ語(日本語理解可能)→日蘭バイリンガル」パターン

二番目は生後半年ぐらいは私が面倒を見ていましたが、それ以後保育園へ入れてしまい、幼児期の第一言語はオランダ語になりました。それでも聞き取りはある程度はできていたようで、補習校入学を目標に幼稚園時代から発話の訓練を開始。補習校のクラスではちょっと遅れている印象をずっと持っていましたが、ヤッターマンのおかげか、ドラえもんの神通力か、はたまた妖怪ウォッチのマジックか、それともウルトラマンのスペシウム光線に当てられすぎてラリったのか、とにかく今では「詰まることもなく、普通に日本語話せる」ぐらいになっています。

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学習言語能力を考える

6年以上も前の先代ブログでのエントリーですが、日常会話能力と学習言語能力について触れたことがあります。算数の文章題を例に、日本語の学習言語能力の有無について書きました。日本語で算数の計算問題はできるが文章題ができないといった場合、日本語で文章を読んで理解し、そこから式と答えを導くという、ある種の具体的・抽象的両世界を行き来する能力の不備を疑ってみる必要があるのではないかというような内容です。日本人学校補習校の宿題を通して、実際に我が家で経験したことを元に考えたことです。

 

ここではとりあえず、日常言語能力あるいは伝達言語能力BICS, Basic Interpersonal Communicative Skillsを「日常生活において必要な言語能力(文脈と結びついた、簡単な情報のやり取りができる力)」、学習言語能力あるいは認知学習言語能力CALP, Cognitive/Academic Language Proficiencyを「教科の学習場面で必要な言語能力(文脈との結びつきを前提としない、抽象的なことを考えるような力)」としておきます。

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親の安息

先日は娘の14回目の誕生日でした。誕生日プレゼントは十日後の長男へのプレゼント+クリスマス・プレゼントとセットで任天堂Switch(スプラトゥーン2込み)を渡してあるので、その日は何も贈呈するものがありませんでしたw。小学生時代のように友達が泊まりがけで遊びに来ることもなく、週末だというのに実に静かな日でした。いや、平常通りの騒がしさといったところでしょうかww。

 

そんな娘にとっては特別な日ですが、キッズ・テニス大会のサポートを所属するクラブの方から依頼されたので、あまり乗り気でない娘を強引に送り出しました。乗り気でない理由は何のことはない。「知らない人と交わるのが嫌」です。知らないといっても所属クラブ主催の行事なので、みんなとどこかで接点があったはず。全然知らない輪というわけではありません。ちょうど14歳になったことでもあり、人との新しい出会い、他者からの依頼に対する貢献、顔を覚えてもらうことの重要さも分からせるつもりで大会会場へと向かわせました。

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継承を決定づけるもう一つの、あるいは最大の要因?

既にこのブログでも何度となく触れた気がしますが、継承語への働きかけを支える要因としては大きく1)家庭的要因、2)社会的要因、3)日本語学習が持つ要因が主なものとして指摘されています(参考エントリー)。これは経験的にも理解できるところであろうと思いますが、継承語教育の主要な現場が家庭ということを考えた場合、それに関わるアクターの性格的な要因が意外と無視できない影響力を持つのではないかと最近感じるようになりました。

 

例えば、子供に何かを教えるのが好きで、比較的マメな性格の人であれば、教えたい内容を子供が受け入れてくれさえすれば学習は結構な効果を上げるのではないかと思います。

逆に、「そんなの面倒くせえ」や「私には無理」と考えたり、あるいは子供が学びたがらない場合、自分や子供に対する何らかの「強制力」を発動しない限り、成果を手にするのは困難なのではないかと思います。

補習校に子供を通わせていた時、毎週出される宿題というのがまさにこの「強制力」として機能していたことを改めて感じてしまいます。とにかく親の方が随分と必死のパッチでしたからw。

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