Category Archives: 日本語塾

非常識な歴史学習法

日本語塾のその後です。

塾といってもその形態は、既に我が子と預かっている子供さん二人の計4名という寺子屋状態になってしまっているんですが・・・w。

 

その寺子屋も今年度からやや授業形態を変えたという話は本ブログでも以前お話しした通りです(詳細はこちらから)。路線変更の具体的要点は「親を巻き込め」ということに尽きると思います。と言っても親に授業の補助を頼むとかそういった類ではありません。継承語の核心は何と言っても「親から引き継ぐ」にあると考えています。この核心部分を日常生活の中で実現すること、すなわち家庭での平凡な日本語会話を親子間に根付かせること、週2時間だけの先生という他人からの「授業」で完結してしまわない継続的な日本語でのやり取りを紡ぎ出し、定着させることこそが「継承」の中身なのではないかという思いがそこにあります。合言葉は、

 

 繋ぐ・繋がる

 

です。これを踏まえての新路線ですが、取り組みを開始したプロジェクトは日本史学習です。さて、理想を踏まえながら、一体これをどう実現するかですが・・・。

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日本語塾第二幕がスタート

論文執筆が忙しかった9月は日本語塾の方は休講とさせていただきました。本当のところは運営自体が結構な負担になっていたことで、特に大盛況というわけでもない田舎塾をひっそり終了しようかなと考えていたところです。ただ、「どんな形ででも継続をすることが将来につながる」という保護者の要望(それは私自身の継承語教育における信条でもあります)もあり、結局、「あまり負担にならない形で」ということで継続決定となりました。9月を充電期間とし、リスタートを10月からと定めて始まった日本語塾第二幕の様子です。

 

このリスタートを機会に、授業のやり方自体を大幅に見直すことにしました。これまでのやり方は負担の割には効果があったとは思えなかったところです。ということで、再起動に当たってのキーワードをズバリ

 

 繋ぐ・繋がる

 

ということにしてみました。

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駆け上がる日本史

継承日本語教育に関する面倒臭い諸々のことは、ひらがな・カタカナの学習を終えた後にやってきます。というのも、それより以前は「ひらがなとカタカナを覚えさせる」という明確な到達目標が設定できるからです。この目標はどの日本人の親御さんにとってもほぼ無意識に共有されているものであり、国の内外を問うものではありません。あるいは、外国人のための日本語教育でもかぶっていると言ってもいいぐらいの自明のことかと思います。言い換えれば、ここまでは『幼児教育』と方向性が同じなわけです。

 

ひらがな・カタカナの学習が終わりました。さて、「次」はどうしましょう?

 

といったところで継承語教育は突然カオスに陥ります。

 

どこまでの日本語能力を身につけさせるかについて共通の具体的コンセンサスはありません。教えるための適切な教科書もありません。それぞれの子供の日本語能力はてんでにバラバラです。何を、どういう風に教えるべきかという研究も進んでいません。日本語だけではなく、日本文化に関してもいろいろと身につけてほしいと多くの親御さんは願っています。ついでに言えば、教室に集まる子供の年齢と認知力もバラバラです(涙)。

 

仕方がないので・・・ということで、当塾では私の「願望」を到達目標として一方的な授業を進めています。「私にとって都合の良い日本語と知識を身につけさせる」という手前勝手なゴールです。なんといっても、継承語教育は親の勝手な都合で実施していると自認していますので。

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継承語の木

最近、継承語のイメージについてちょっと思いを巡らしています。それは、自分が日本語を子供に学ばせようとしたプロセスを振り返る行為でもあります。

現在までのところ、とりあえず上の二人は普段日本語で私と会話をするのが普通になっています。ちょっと油断すれば、上の子はオランダ語で返してくることもあります。本当にささいな受け答えなんですが、こうした小さなことをなあなあにしてゆくと、いずれ日本語で保たれていた領域が侵食されるのではないかとも思っています。ここまで来てまた後戻りするわけにもいきません。うるさく言い直しをさせるなど、ちょっとイヤなオヤジになっています。

 

ところで、継承語を学ぶ過程というのは大きく分けると二つのプロセスから成り立つのではないかと考えています。これは多かれ少なかれ、継承語教育を実践されている方ならどなたも経験されていることだと思います。現地校への就学を境とした二つのプロセスです。

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夏休みスペシャル号

先日、無事夏休みの第一回目の授業を開講することができました。

いつもそうですが、休み期間中はできるだけ普段できないような内容を扱いたいと思っています。つまり、その第一回目の授業とは夏休みスペシャル号でもあったわけです。

しかーし!スペシャルな内容をどう授業に盛り込むかでいろいろと悩みました。テーマとしては

 

八月初旬の日本の風景

 

というものでなんとか色づけしてみたかったわけです。「ン十年前の」という限定詞つきですが。

とりあえずは、ちょっとキーワード的なものを考えてみました。

 

暑い日差し、セミの鳴き声、台風、海、風鈴、高校野球、台風、終戦・・・

 

とりとめもないことが思い浮かんできます。また、いずれもベルギーではこの時期あまり、というか全然馴染みのないものです。慣れ親しんでいないものを肌に刷り込むというのはなかなかに難しいものでして、「継承」という概念ともしっくりこない気もします。私の中にある「継承」とは「自然に」というエッセンスが多分に含まれていますので。

 

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夏休みの課題 2016

七月に入り日本語塾の方も夏休みとなりました。本当は続けたかったんですが、実際問題としてみなさんいろいろと計画がおありのようで、参加者の都合がつかなかった次第です。本当は集中講義と称して何か試してみたかったんですが、弱小私塾の現実なんてこんなもんですね。他方、自分自身これまでずっと週末を窮屈に回してきたので休みにしてもいいかなという気分にもなりました。まあいいかな。ははは。

とは言っても、せっかくの休みをただ何もせずにダラダラ過ごすわけにもいきません。思えば、去年は長男の補習校通いに終止符を打った直後ということで、何かそのかわりになるものをと家庭学習を始めたのでありました。それが高じて秋からの塾開講へとなったわけですが、去年並みとは言わずとも、少なくとも我が子のために何かしないと不安で不安でたまらない小心者です。

 

さぁ、どうしたものか?

 

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カード三昧

最近、授業中にカードを使うことが増えました。有り体に言えば、ゲームを授業に取り入れているということになります。最終的な目標としては「百人一首で遊べるようになればいいなぁ」というものんですが・・・。

歌の内容を理解してもらえるようになれるかどうかについては自信ないです。というか、まずそれは無理という割り切り方でのカード遊びです。しかし、それでもあえてこの時期にカード導入に踏み切ったのは日本文化を知るという重要側面があったからです。何せ、最近では小学校の三、四年生で百人一首を扱いますから。

 

しかし、いきなり百人一首のようなひらがながずらずらと並んだものを見せると強烈なアレルギー反応を起こされそうなので、まずは日本語でのカードゲームに慣れる日本人の子供はこんな遊びをするということを知ってもらおうと、トランプのババ抜きからスタートすることにしました。

 

へっ?それだけ?

 

と聞こえてきそうですが・・・。

 

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